So-net無料ブログ作成
検索選択

2016-01-14  同じ思いを名護の人にさせたくないという女の子の思い [雑感]


普天間  要らない
辺野古も 要らない

僕らの未来に 基地は要らない
僕らの未来に 基地は要らない

言うこと聞かせる番だ 宜野湾が
言うこと聞かせる番だ 沖縄が!

かき消されずに 授業を受けたい
かき消されずに テレビを見たい
かき消されずに 話がしたい!
オスプレイこわい!
ジェット機こわい!

だって落ちるじゃん!
だって落ちたじゃん!
宜野湾Democracy!
Our future!
Our choice!

宜野湾だけがよければいいのか
と問いかける若者たち。
基地そのものが必要ない沖縄にしたい
というほとばしるような願いが
強く響いてきて
胸をかきむしられるわね。

収容所に入れられて、出てきたら
自分の家も田畑もつぶされて
住むところも糧を売る土地も
取り上げられていたという普天間。

以下2015.6.28
赤旗記事の転載
(ちょっと見づらい地図ですが)
普天間基地の南端からみた基地内の光景です。

hutenma.jpg 米軍機が着陸に利用する滑走路につながる
「誘導灯」越しに並ぶ亀の甲羅状の屋根の群れ。
県内に広く造られている独特の墓、亀甲墓(かめこうばか)です。
基地内の地籍の5109筆中、宅地620筆、墓地542筆を確認.
沖縄戦から間もない1946年10月19日に
当時の宜野湾村長が沖縄民政府総務部長あてに提出した公文書です。
 そこには当時の村の集落にかぶさるように
「軍飛行場」の文字と区域が書き込まれています。
軍飛行場は現在の普天間基地であり、
宜野湾の地名の集落は当時の村役場があった地域です。
役場のほか病院、郵便局、商店や墓地などが書き込まれ、
旧宜野湾村の中心地だったことを物語っています。
米軍が「銃剣とブルドーザー」で住民の土地を奪い、
つくり上げたのが普天間などの米軍基地であり、
「県民から基地提供したことは一度もない」
(翁長雄志〈おなが・たけし〉沖縄県知事)ということは、
まぎれもない歴史的事実です。


わが身に置き換えた時、
いかに沖縄の県民が悔しい思いをしているか
分かるんじゃねぇかと思うだが。
nice!(26)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:健康